『ひぐらしのなく頃に 卒』最終回を観終えた率直な感想は、「これは賛否が分かれて当然だ」というものでした。
感動よりも戸惑い、納得よりも疑問が先に立つ。
それでも、最後まで観たからこそ考えさせられる部分も確かにあったと思います。
今回は、『卒』最終回について、気になった点と、個人的に「これは良かった」と感じた部分の両方を書いていきます。
沙都子が「繰り返す者」だと分かってからの展開は、別ジャンルに突入した感覚

沙都子が梨花と同じ「繰り返す者」だと明かされて以降、物語の空気は大きく変わりました。
銃撃、肉弾戦、世界を跨いだ追いかけっこ──
正直なところ、ここまで来るとサスペンスやホラーというより、ドラゴンボール的なバトルアニメを観ている感覚に近かったです。
ひぐらし特有の「疑心暗鬼」や「日常が壊れていく怖さ」が薄れ、
代わりに“どちらが上か”を競う超常バトルになってしまった点は、好みが分かれる部分でしょう。
それでも、このバトルは二人の関係性を可視化するための演出だったのかもしれない

とはいえ、この過剰とも言えるバトル描写は、
言葉では決着がつかない梨花と沙都子の関係性を、極端な形で表現したものだったとも考えられます。
話し合いでは分かり合えない。
だからこそ、同じ立場、同じ力を持った存在としてぶつかり合うしかなかった。
その意味では、あの“ドラゴンボール化”も、制作側なりの必然だったのかもしれません。
最終回の特殊EDと「なにかがなく頃に」という憎い演出
梨花と沙都子の最後の会話シーン
最終回で流れた特殊EDは、映像だけでなく歌詞にも明確な変化が加えられていました。
その中でも印象的だったのが、梨花と沙都子の最後の会話と呼応するように登場する
「なにかがなく頃に」というフレーズです。
作中で二人が別れ際に交わした言葉と、
エンディングテーマの歌詞が重なるこの構成は、
偶然ではなく、明らかに狙った演出だったのでしょう。
個人的には、この「なにかがなく頃に」という言葉は、
お互いが寂しさを抱えながらも、「自分の方が先に泣くものか」と意地を張り合っているように見えました。
沙都子がなく頃に。
梨花がなく頃に。
どちらも譲らない、不器用な感情のぶつかり合い。
だからこそ、あの言葉は決別ではなく、
「また会いましょう」という遠回しな再会の約束にも聞こえたのです。
「離れていても親友」という答えと、失われた“なにか”

梨花と沙都子は、同じ道を歩むことを選びませんでした。
それでも、お互いが親友であるという関係性だけは否定しなかった。
無理に一緒にいることが正解ではない。
距離を取ることも、関係を壊すことではない。
この結論は、とても現実的で、大人向けの答えだったように思います。
同時にそれは、二人の間で“なにかが失われた”ことの証明でもあり、
その喪失感を、最後の会話と特殊EDの歌詞で静かに強調していたように感じました。
まとめ

『ひぐらしのなく頃に 卒』最終回は、
ドラゴンボール的なバトル展開や賛否の分かれる構成によって、多くの視聴者を戸惑わせました。
しかし、
「なにかがなく頃に」という言葉と歌詞、
そして距離を取ることを選んだ二人の関係性は、
この物語なりの答えだったのかもしれません。
すべてを説明しない。
すべてを救わない。
それでも、また会う余地だけは残す。
そんな、ひぐらしらしい、少し憎い最終回だったと思います。
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